■外伝 奇人変人伝

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サク融鄭泉

1地獄行きは確実 恐るべき仏教徒 サク融伝

サク【竹冠に乍】融 字:?? 出身:丹陽

陶謙配下

曹操の徐州攻めに南に逃亡

劉ヨウ陣営へ

劉ヨウを裏切って対立

最後には逃亡した山中にて民に殺されたサク融さん。
【※戦線録孫策の巻3.江東平定戦その1参照】

そんなサク融さんが徐州の陶謙配下だったときのお話。
彼は、広陵・ホウ城の物資運輸の監督を担当していたのですが、その貢納物を徐州には送らずに、 おもいっきり私物化しておりました。
んで、その蓄えでもって、大々的に仏教寺院をおったてました!

張角の太平道、張魯の五斗米道、どっちも道教の祖となりますが、 サク融さんは、まだ入ってきたばかりの異国の仏教に傾倒していたようです。
サク融さんは、銅で仏様を作って、その体に黄金を塗り、錦やいろとりどりの鮮やかな布で作った着物を着せました。
さらに3000人は収容できると思われる、楼をおったて、人々に仏教を読むことを義務付けます。
広陵郡、および近隣の郡民に、出家を進め、潅仏会には、おびただしい飲食物を用意して、その経費は莫大なものだったとか。
どうもちくまの注を参照にすると、後漢書陶謙伝からの引用のようです。
とりあえず、このころの仏教の様子が知ることができる貴重な資料だとか。
それにしても因果応報という仏教語がぴったり当てはまってないだろうか。この人。

2.根っからの酒好き 酒壺になりたかった男 鄭泉伝

鄭泉 字:文淵 出身:陳郡

酒好きの鄭泉が常日頃ぼやいて曰く

「美酒を五百石の船いっぱいに満たして、そこで足をばしゃばしゃしたり、潜ったりして酒を飲んで、酒に疲れれば、ご馳走を食べる。 減れば注ぎ足す。
そんな風にできたらすばらしいなぁ。」
…鄭泉さん、多分そんなことしたら、傷口とかに酒が沁みると思います。
それがこれを読んだときの私の感想であります。
とりあえず、潜るのはどうかと。

さらに死に臨んで友人たちに曰く

「死んだら必ず陶器作りの家の近くに埋めてくれ。 そうすれば、体はやがて土に還り、上手く行けば酒壺になれるかもしれない。」

さすがは酒乱、孫権の配下。
遺言どおり埋めてくれたんでしょうか。その後の記述は…ない。

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